『蟻 の 兵 隊』
監督:池谷 薫
2006 日本
今月の映画は、日本軍の命令で山西省に残留し、中国内戦を戦った旧日本兵の半生を描いたドキュメンタリーです。命令で残り参戦後捕虜として抑留されたのに勝手に残ったとされたという被害者的側面とともに、しかしその中国大陸では自らが殺戮に手を染めているという加害者としての面を免れ得ない老人の苦悩や後世にそれを訴えて、二度と同じことが起こらないようにしたいという意志に動かされる映画です。この映画は香港国際映画祭・人道に関する優秀映画賞を受賞したのをはじめ、いろいろな場で高く評価されました。昨年公開されたイメージフォーラムではロングランになり、その後日本各地で上映された後、5月12日からキネカ大森で再公開の予定です。
以下は『人間と教育』(52号06・12旬報社)に小林が書いた映画評です。
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カメラの厳しい眼に耐える平和への意志
映画の始まりは正月の靖国神社。参拝ではなく資料館に調査に来たという、八十歳の奥村和一さんが初詣の人々と話す。道端に座り、たこ焼きを食べながら彼と言葉をかわし、その経験に驚いて「日本政府ってひどいっすねえ」と言う、いかにも「今風」の若い女性。
山西省日本軍残留は戦犯の訴追を免れたかった澄田睞四郎中将と国民党の閻錫山の間に結ばれた密約によって行われた。二千六百人の兵が残留して国民党軍に参戦せよとの命令を受け、うち五百五十人は戦死、七百人が共産軍の捕虜になった。彼らは日本帰国後、自分たちが戦後すぐに現地除隊となり、勝手に残留して自らの意志で中国内戦を闘ったとされているのを知る。そして二十年ほど前から、戦後の十年の残留が日本軍(政府)の命令であることを認め軍人恩給を支給せよと提訴してきた。映画の主人公、奥村さんはその一人で、軍が彼らに命令を出したことを証明する資料を求め、日本および中国を何度にもわたり調査してきている人だ。穏やかで知的な雰囲気のこの老人の強固な意志はもちろんだが、若い人とも隔てなく話す開放性、そのフットワークの軽さ、思考や感性の柔軟さ、そして真摯・率直な感情表現がこの運動を、そして映画をも支えているのだと感じられる。
映画クルーは奥村さんとともにかつて彼が闘った山西省の村、寧武を訪ねる。それは日本軍の被害者を自認する彼が、自らの加害を確認する旅である。彼はこの村で受けた初年兵訓練の仕上げとして中国人を刺殺した。人を殺せる人間になったということは戦後六十年妻にも話せない傷になっているのであるが、自分にはそのとき状況が見えなかった、だから目撃した人の話を聞きたいと、彼は村人に迫る。奥村さんを取り囲み日本軍の残酷な侵略の状況を語りながら、決して感情的に彼を糾弾したりはしない中国の人々もすごい。 長年心に懸かっていた刺殺については、殺された人々が、奥村さん自身が考えていたような民間人ではなく、警備員として国民党に雇われながら共産軍に抵抗せず、国民党への反逆者として処刑されたのだとわかる。現場から逃げ出し、ただ一人助かったという人の息子からこの話を聞いて彼の表情は変わり、それなら殺されても仕方がなかったろうと言い放つ。映像は彼の冷酷な変化をあからさまに写し出す。あとで奥村さんは「自分はあのとき日本兵に戻っていた」「相手が罪のない民間人でなかったことが、自分にとって救いでなかったといえば嘘になる」と述懐する。彼の率直さは普通の人を残虐な鬼にする戦争の非人間性、恐ろしさをまざまざと私達に見せる。これはこの映画の持つ力でもある。
彼はまた、日本軍に拉致されて四十日間にわたって「慰安婦」をさせられたという女性と話す。そのことが彼女のその後の人生を被差別者としてのつらいものにしたのだが、彼女は穏やかに経験を語り、そして妻には刺殺はじめ中国での自分の加害を語れないという奥村さんに、今のあなたは悪い人には見えない、もう話すべきだと諭す。このあたりもすごい。戦争が個人を越えて為す犯罪性、その中にまきこまれ加害や被害の体験に苦しみながら、それでもやけにならず、犯罪性に飲み込まれず知的に、きっちりと生き方を貫く人間存在の確かさがあるのだと感じる。私たちは自分のうちに、若い人々のうちに、戦争を体験することなくこのような知性を育て得るか。高齢の戦争体験者たちがカメラの厳しい眼に耐え、自らの加害を語る映画が問いかけるのは、まさにそのことである。
二〇〇五年秋、山西省残留問題提訴は退けられた。今年夏、退任を前に小泉首相は八月十五日の靖国参拝を決行した。映画にも靖国神社で悪はしゃぎのように軍服、日の丸に身を固め天皇陛下万歳を叫ぶ人々、あの戦争は侵略ではなかったと叫ぶ人々が映しだされる。彼らの馬鹿さ加減がこれからの日本をどう導いていくのか不安でならない。「時間との競争です」という奥村さんの平和への意志が、厳しく私たちの胸に響く。 (小林美恵子)


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